カスタマーサクセスのエクスパンションとは?基本戦略と成功ポイントを解説

現代の営業活動において新規顧客の獲得は難しく、そのコストは増加傾向にあります。そこで既存顧客からの収益を最大化する営業活動が注目され、カスタマーサクセスにおけるエクスパンションの重要性が高まっています。
当記事では、カスタマーサクセスにおけるエクスパンションの基本戦略と成功ポイントを解説します。カスタマーサクセスのエクスパンションを成功させたい方は、是非参考にしてみてください。
カスタマーサクセスのエクスパンションとは
カスタマーサクセスのエクスパンションとは、既存顧客からの収益を拡大させるための営業活動のことです。エクスパンションの手法の一つであるアップセルやクロスセルなどを活用し、顧客が利用しているプロダクト(製品やサービス)のアップグレードや追加オプションの購入、関連する他製品の導入などを促し、LTV(顧客生涯価値)の向上を図ります。
また、エクスパンションには複数プロダクトで顧客課題を包括的に解決する「コンパウンドエクスパンション」という考え方もあります。単一のプロダクトでは解決しきれない多様で複雑な顧客の課題に対し、自社のプロダクトを複数組み合わせることで、より深いレベルで顧客の成功を支援します。
顧客の成功と企業の成長は密接に関連しており、LTVの最大化が企業の成長を牽引します。エクスパンションは顧客との強固な関係性を作ることで競合優位性を確立し、さらには口コミ効果による新規顧客獲得にも繋がる可能性を持っています。
エクスパンションは、カスタマーサクセスのフェーズの3つ目に位置します。オンボーディング(導入期)、アダプション(定着期)に次ぐエクスパンション(拡大期)では、顧客がプロダクトを十分に活用できていることを前提としてその継続的な成長を支援するための能動的なコミュニケーションが求められます。
プロダクトの価値を実感している顧客は更なる機能やサービスを求める傾向があるため、追加投資への意欲が自然と高まります。その兆候をいち早く察知し、顧客が求める新たな価値を最適なタイミングで提供することがエクスパンションの基本的な役割です。
なお、カスタマーサクセスの各フェーズは「カスタマーサクセスとは?仕事内容や注目される理由を解説」で説明していますので、是非参考にしてみてください。
エクスパンションの重要性
既存顧客からの収益拡大を目的とするエクスパンションは、企業の成長戦略の一つとしてその重要性を高めています。企業の持続的な成長には新規顧客の獲得だけでは限界があり、既存顧客を対象としたLTVの最大化や顧客基盤の安定化が不可欠です。
エクスパンションは顧客一人当たりの収益(ARPU)を向上させることでLTVの最大化を図ります。これは単なる売上増加だけでなく、収益構造の安定化や顧客ロイヤルティの強化などの効果をもたらし、結果として企業の持続的な成長に寄与します。
・LTV(顧客生涯価値)の最大化 ・新規顧客獲得コスト(CAC)の低減 ・解約率(チャーンレート)の削減(チャーンリダクション) ・収益構造の安定化 ・市場における競争優位性の確立 ・プロダクトの改善 ・顧客満足度(CS)と顧客ロイヤルティ(CL)の向上 |
エクスパンションは顧客の成功を追及し続けることで市場における企業の競争優位性を確立し、より強固な顧客基盤を構築します。顧客の不満や解約の兆候を早期に察知して顧客離れを防ぎ、長期的に良好な関係を維持することが収益構造の安定化に繋がります。
エクスパンションが目指すべき理想の状態として「ネガティブチャーン」があります。これは、解約やダウングレードによる減収を既存顧客からの増収が上回る状態を指し、エクスパンションと解約率の削減(チャーンリダクション)が相互に作用することで実現します。
ネガティブチャーンは、特にサブスクリプション型のビジネスモデルにおいて重要視されます。SaaS型サービスは初期投資を抑えて利用できる反面、容易に他社サービスへ乗り換えられるため、顧客エンゲージメントの維持と継続的な価値提供が事業成長の鍵となります。
ネガティブチャーンを実現するためには、解約理由の分析と改善施策の設計を早期に行うことが大切です。顧客の利用状況をモニタリングし、満足度が低下している顧客やプロダクトの利用頻度が減少している顧客に個別にアプローチすると顧客の離反が防げます。
エクスパンションを単なる売上向上策とするのではなく、安定した収益の確保と企業の持続的な成長を可能にする戦略的な取り組みとして活用していきましょう。
エクスパンションの基本的な戦略
エクスパンションの基本的な戦略は、顧客のビジネス成長に不可欠なステップを確実に循環させ、結果として自社の収益拡大に繋げることです。
エクスパンションは一般的にオンボーディングやアダプションを経て実行されるのが自然な流れですが、顧客が大きな成果を期待している場合には、オンボーディングの段階やサクセスプランを作成する時点で将来的なエクスパンションを設計しておく必要があります。
顧客のフェーズによってエクスパンションのタイミングやアプローチ方法は異なるため、基本戦略を指針として目標達成に向けた具体的な手法や施策を立案し、自社に適した体系的な戦略を策定しましょう。
ステップ | 詳細 |
---|---|
①顧客データを活用し、潜在ニーズや課題を特定する | 業界トレンドや競合動向なども含めて顧客データを多角的に分析し、プロダクトの利用状況やアンケート、ヒアリングなどの定性データも活用する |
②顧客の状況を先読みし、能動的なコミュニケーションを図る | 事業計画や市場環境の変化を常にキャッチアップし、顧客の状況に基づく提案や次のステップに導くための情報提供を行う |
③顧客のビジネス成長に直結する貢献を目指す | エクスパンションが顧客の利益にどう結びつくのかを明確に伝え、投資対効果(ROI)を共有することで顧客が投資の価値を認識しやすくする |
④顧客が求めるソリューションを最適なタイミングで提示する | 顧客が課題に対する解決策を求めている場合や、今後発生しうる課題に備える場合など、顧客の段階に適したソリューションを予測して最適なタイミングで提示する |
エクスパンションでは顧客データを多角的に分析することが重要です。業界トレンドや競合環境までを視野に入れた深い洞察によって顧客が自覚していない潜在的なニーズや直面している課題に対するより良い解決策を提示し、真に価値のあるソリューションを見出すことができます。
また、顧客の状況を先読みした能動的なコミュニケーションを通じてプロダクトの価値を正しく伝え、カスタマーサクセスを伴走者として認識してもらうことも大切です。初期段階で顧客と成功指標を共有し、達成状況を定期的に確認しながら強固な信頼関係を築きます。
顧客に追加投資の価値を確信してもらうには、提供するソリューションが顧客のビジネスをどう成長させるのかを明確に示すことが不可欠です。売上向上、コスト削減、業務効率化といった具体的な投資対効果(ROI)を提示することでエクスパンションの成果を可視化し、顧客の意思決定を後押しします。
そして、最適なタイミングで顧客が求める解決策や次の成長フェーズに必要なソリューションを提案することで顧客との長期的な関係が強化され、エクスパンションの成果最大化が期待できます。顧客の成長を常に先取りし、その時々で最適な手法を展開しながら顧客に継続的な価値を提供していきましょう。
エクスパンションの手法
エクスパンションの手法は、代表的なものにアップセル、クロスセル、ダウンセルがあります。多角的なアプローチによって顧客に最適なソリューションを提供し、現状の課題解決に加えて将来的なニーズや潜在的な問題までを見据えた提案を可能にします。
手法を活用する上で重要なのは、顧客理解の深化と提供価値の明確化です。単に既存顧客への営業機会を増やすだけでなく、顧客にとっての本当の価値を正確に見極め、その価値を提供する最適な手段としてアップセル、クロスセル、ダウンセルを提案する必要があります。
手法 | 概要 | 目的 |
---|---|---|
アップセル | 顧客が現在利用しているプロダクトよりも高機能・高価格な上位モデルやプランなどを提案する | 顧客単価の向上、プロダクト価値の最大化、顧客満足度の向上、顧客ロイヤルティの強化 |
クロスセル | 顧客が現在利用しているプロダクトに関連する別のプロダクトを提案する | 顧客一人あたりの購入点数や利用サービスの拡大、顧客満足度の向上、顧客ロイヤルティの強化 |
ダウンセル | 顧客が現在利用している、または検討しているプロダクトよりも低機能・低価格な下位モデルやプランを提案する | 解約率(チャーンレート)の削減、顧客満足度の維持、プロダクトフィードバックの獲得 |
エクスパンションの手法は、顧客の現状と目標、そして提供できるプロダクトの特性によって決定します。たとえば、顧客が現状のプロダクトに満足しているものの、さらなる効率化や機能拡張を求めている場合は、より上位の機能を持つプランを提案するアップセルが効果的です。
一方、顧客が特定のプロダクトを利用している際に、それと連携することでさらに利便性が高まるような別のプロダクトがあればクロスセルの機会となります。これにより、業務プロセスの統合と効率化へのサポートが実現できます。
また、予算の制約や必要とする機能の範囲などによって、顧客が検討中の高価格帯のプロダクトに踏み切れない場合や単純にコスト削減を希望している場合にはダウンセルが有効です。より手頃な価格帯のプロダクトを提供することで顧客の経済的負担を軽減し、継続的な利用を促すことができます。
さらに、その他のアプローチとして、アドオン機能の追加やモジュール販売、シート数・ライセンス数の拡張、コンサルティングやプロフェッショナルサービスの提供などもあります。これらはアップセルやクロスセルを実現するためのソリューションに含まれます。
アップセル
アップセルは、顧客が現在利用しているプロダクトよりも高機能・高価格な上位モデルやプランなどを提案する手法です。アップセルの対象となる顧客は既にプロダクトを理解しているため、アップセルへの関心度も高く、購入に至るまでの障壁が低い傾向にあります。
アップセルを受け入れることで顧客はより多くの価値を享受できるようになります。その結果として企業への貢献度も高まり、LTVの最大化が実現します。
■提案:チーム拡大に伴う提案 ■シナリオ:マーケティングツールを5人で利用していたが、利用者が10人に増えたことでアカウント管理が煩雑になっている ■アプローチ例:組織規模に適したプランを提案する 「ご利用チームが拡大されていますね。businessプランに移行していただくと、メンバーごとの権限設定やチーム別レポート機能が利用でき、セキュリティと管理効率が向上します。」 |
アップセルでは、顧客への提案がどれほど有用であるかを明確に伝えることが重要です。利用状況や行動履歴の分析結果に基づき、潜在的な課題やニーズを発見し、どのような機能やプランが価値をもたらすかを考える必要があります。
たとえば、無料プランで特定の機能を頻繁に利用している顧客には、機能を強化することでニーズをよりカバーできる有料プランを提案したり、データ量が上限に近づいている顧客にはリミットを気にせず利用可能な大容量プランへのアップグレードを促したりします。
また、アップセルを提案するタイミングも顧客の価値判断に影響します。アップセルを単なる追加支出ではなく更なるベネフィットとして認識してもらうには、顧客がプロダクトの価値を実感し、その恩恵を享受している時が好機となります。
なお、アップセルの事前準備と施策例は「アップセルを成功させるための事前準備と施策例を解説」で説明していますので、是非参考にしてみてください。
クロスセル
クロスセルは、顧客が現在利用しているプロダクトに関連する別のプロダクトを提案する手法です。クロスセルの対象となる顧客は購入経験を通じて自社に対する一定の信頼を築いているため、新しいプロダクトへの心理的な抵抗が低い傾向にあります。
クロスセルを受け入れることで顧客は複数のニーズを一度に満たすことができ、利便性が向上します。その結果、顧客満足度が向上し、顧客単価の増加を通じてLTVの最大化に貢献します。
■提案:連携モジュールによる機能拡張の提案 ■シナリオ:給与計算ソフトを利用中の顧客が、毎月の人事評価データを手動で集計している ■アプローチ例:既存業務を効率化する別の製品を提案する 「連携オプションの“人事評価ダッシュボード”を追加購入していただければ、ボタン一つで経営会議用のレポートを自動で出力できます。」 |
クロスセルでは、顧客が潜在的に求めている関連性の高いプロダクトを特定し、適切なタイミングで提案することが重要です。購入履歴や利用状況を分析し、どのようなプロダクトが課題解決や利便性向上に繋がるかを把握する必要があります。
たとえば、ノートパソコンを購入した顧客には、関連するマウスやPCケース、延長保証サービスなどを提案したり、会計ソフトを導入した企業には、給与計算ソフトや経費精算システムを提案したりしてクロスセルの機会を創出します。
具体的なアプローチ方法としては、購入直後の確認メール、プロダクトの活用タイミングに合わせたプッシュ通知、問い合わせ時のサポート対応など様々な施策が考えられます。顧客の行動や状況に応じて最適な方法とタイミングを検討していきます。
提案のタイミングは、既存のプロダクトの購入直後や顧客の新たなニーズが顕在化した時がクロスセルの好機です。たとえば、既存のプロダクトをより有効活用できるようなオプションやアクセサリーなどを提案したり、企業向けソフトウェアを導入した顧客のニーズを補完するためのデータ分析ツールやコンサルティングサービスを提案したりします。
特にクロスセルで提案するプロダクトは既存のプロダクトとシームレスに連携し、顧客体験をより向上させるような設計が求められます。購入後のサポート体制や関連プロダクトとの相乗効果などを明確に提示し、顧客に体験価値向上への期待感を与え、購買意欲を喚起しましょう。
ダウンセル
ダウンセルは、顧客が現在利用している、または検討しているプロダクトよりも低機能・低価格な下位モデルやプランを提案する手法です。ダウンセルの対象となる顧客は多くの場合、予算やニーズが合致しないために購入を迷っているか、現在のサービス継続に難色を示している状況にあります。
顧客がダウンセルを受け入れると負担が軽減され、離脱防止と顧客維持率の向上が実現します。さらに、将来的なアップセルやクロスセルへの可能性も残せます。ダウンセルにおいては顧客の離脱要因を深く理解し、価値を感じられる最低限のプロダクトを提案することが重要です。
具体的には、顧客が高価格なプランや高機能なモデルに踏み切れない理由を把握する必要があります。たとえば、高性能なソフトウェアの有料プラン契約に難色を示している場合には、基本的な機能に絞った簡易版を勧めたり、利用期間を短く設定したお試しプランを用意したりしてボトルネックとなっている要素を探ります。
また、提案のタイミングは、顧客が購入を躊躇している時や解約を検討し始めた時にダウンセルを検討します。たとえば、予算や機能の過多に気後れしないよう手頃な選択肢を提示したり、解約することなく現状を維持できる代替案を提示したりします。
エクスパンションを成功に繋げるためのポイント
エクスパンションを成功に繋げるためのポイントは、カスタマーサクセスの各段階でエクスパンションを意識し、独自のKPIを設定してエクスパンションの機会や施策の効果を測定することです。
エクスパンションを成功させるには、顧客がプロダクトから十分な価値を感じ、活用を定着させている状態が前提となります。また、エクスパンションに適したタイミングや有効な施策は、定量的な指標によって明確に判断する必要があるためです。
顧客がプロダクトを使いこなし、満足している状態で初めてエクスパンションの機会が生まれます。エクスパンションとの関連性を各フェーズで意識しながら、顧客のさらなる課題解決やビジネス成長に貢献する継続的な価値を最適なタイミングで提供していきましょう。
・各フェーズでエクスパンションを意識する ・独自のKPIを設定してエクスパンションの機会や施策の効果を測定する ・顧客理解を深めるフレームワークを活用する ・担当者に必須の「合意形成力」を高める |
各フェーズでエクスパンションを意識する
カスタマーサクセスの各フェーズでエクスパンションを意識すると、顧客に提案を受け入れてもらいやすくなります。エクスパンションが顧客の成功を最大化するために不可欠なステップとして自然な形で位置づけられることで、顧客自身が能動的にプロダクトの価値を認識しやすくなるためです。
顧客がプロダクトを使いこなし、満足している段階で初めて、さらなる課題解決やビジネス成長への貢献に繋がるより高度な価値提供の機会が生まれます。オンボーディング、アダプション、プロダクトフィードバックの各フェーズでエクスパンションとの関連性を意識しながら顧客に継続的な価値を提供していきましょう。
フェーズ | 関連効果 | 役割 |
---|---|---|
オンボーディング | 早期からの種まき、意識づけ | プロダクトの価値を早期に実感させ、導入初期から将来的なニーズに繋がる可能性のあるプロダクトを示唆する |
アダプション | プロダクト活用の最大化 | 顧客がプロダクトを最大限に活用できている状態を維持し、新たな課題やニーズが顕在化した際にエクスパンションに繋がる提案を行う |
プロダクトフィードバック | 対応品質の向上、選択肢の強化 | 既存のプロダクトでは満たしきれていない潜在的なニーズを深掘りし、新機能やより上位のプラン、連携サービスの開発に繋げる |
エクスパンションが失敗する理由の一つに、前段階であるアダプションやオンボーディングの時点でつまずいている場合があります。これは、顧客がプロダクトに魅力や愛着を感じていないにも関わらず、性急にアップセルやクロスセルを提案してしまうことが原因です。
顧客にとってまだプロダクトの価値を実感できていない段階での提案は「押し売り」と感じられ、不信感に繋がりかねません。提案が受け入れられないばかりか、解約に繋がる可能性さえあります。特にエクスパンションの目的が解約阻止になっている場合などは、初期段階から見直す必要があります。
このような状況を避けるためには、オンボーディングやアダプションの段階で顧客がプロダクトを最大限に活用し、具体的な成功体験を得られているかを徹底して確認することが重要です。また、プロダクトフィードバックでは顧客の新たなニーズや課題を特定し、プロダクトの進化に活かすことで次のエクスパンションに備えることが求められます。
エクスパンションを提案する前に各段階のプロセスを最適化し、顧客の成功体験を積み重ねていくことがエクスパンションの成功に繋がります。エクスパンションを単なる営業活動の一環として分けるのではなく、顧客の成功を積み重ねる過程で創出される機会と考え、計画的に進めていきましょう。
独自のKPIを設定してエクスパンションの機会や施策の効果を測定する
エクスパンションでは、カスタマーサクセス全体のKPIとは別に独自のKPIを設定してエクスパンションの機会や施策の効果を測定することが重要です。エクスパンションは収益拡大に特化した営業活動であり、その成果を正しく測るためにはカスタマーサクセス全体の指標だけでは不十分だからです。
エクスパンションのKPIがカスタマーサクセス全体のKPIに埋もれてしまうと個々の施策がどの程度エクスパンションに貢献しているのかが不明瞭になります。独自のKPIを設定することで各施策の投資対効果(ROI)を明確にし、効果的な施策にリソースを集中できます。
エクスパンションの機会は顧客がプロダクトの価値を理解し始めた段階で訪れることが多いため、プロダクト利用率や顧客エンゲージメントなどのKPIを設定することでエクスパンションの兆候を早期に捉え、プロアクティブなアプローチが可能になります。
また、エクスパンションMRR(拡張月間経常利益)やアップセル率・クロスセル率などのKPIはチームや個人の目標を明確化します。さらに、エクスパンションの成果が明確に評価されることでチーム全体で顧客の成功に貢献しようとする意識が高まり、モチベーションの向上に繋がります。
このように、エクスパンションに独自のKPIを設定することは、より戦略的かつ効果的に収益拡大を目指す上で不可欠です。顧客の潜在的なニーズを満たし、より高い価値を提供することでエクスパンションの成功確率を高めましょう。
エクスパンションの代表的なKPI
エクスパンションでは既存顧客からの収益をいかに増やすかという視点でKPIを設定します。カスタマーサクセス全体のKPIとは別にアップセルやクロスセルに直接結びつく指標を設定することで、エクスパンション戦略の進捗と成果を定量的に測定できます。
エクスパンションのKPIを定期的に分析し、顧客の利用状況やフィードバックを詳細に把握できるようになると顧客のニーズに合わせた最適な施策の立案と実行が可能になります。KPIを効果的に活用しながら顧客満足度の向上と企業の持続的な成長を目指しましょう。
区分 | KPI | 詳細 |
---|---|---|
財務指標 | NRR/NDR(売上継続率)‐Net Revenue Retention/Net Dollar Retention) | 既存顧客からの収益がどれだけ維持・成長しているかを示す指標 |
エクスパンションMRR(拡張月間経常利益)‐Expansion Monthly Recurring Revenue | アップセルやクロスセルなどを通じて既存顧客から得られる差額収益 | |
アップセル率‐Upsell Rate・クロスセル率‐Crosssell Rate | 既存顧客のうち、アップセル・クロスセルが成功した顧客の割合 | |
LTV(顧客生涯価値)‐Life Time Value | 取引期間中に一人の顧客から得られる総利益 | |
ARPA(アカウントあたりの平均収益)‐Average Revenue Per Account | 全顧客アカウントの合計収益をアカウント数で割った平均値 | |
顧客行動・利用状況 | プロダクト活用率 | 顧客がプロダクトをどれだけ積極的に利用しているかを示す指標 |
顧客エンゲージメント | 顧客がプロダクトや企業との接点においてどの程度積極的に関わっているかを示す指標 | |
チャーンレート(解約率)‐Churn Rate | 一定期間内にサービスを解約した顧客の割合 | |
総合評価 | NPS®(顧客推奨度)‐Net Promoter Score | 顧客が自社サービスを友人や同僚に推奨する可能性を測る指標 |
CSAT(顧客満足度)‐Customer Satisfaction Score | 顧客が自社のプロダクトやサポートにどの程度満足しているかを測る指標 | |
CSQL(カスタマーサクセスに値するリード)‐Customer Success Qualify Lead | プロダクトの利用状況や顧客からのフィードバックに基づき、カスタマーサクセスチームが対応すべきだと判断される顧客(リード) | |
ヘルススコア(複数の指標を組み合わせた総合的指標)‐Health Score | プロダクトの利用状況を数値化し、顧客が継続して利用する可能性を測る指標 |
NRRはエクスパンション戦略の成果を測る最も直接的な指標です。既存顧客からの売上が前期間と比較してどれだけ維持・増加したかを示します。NDRとは同義ですが、NRRのほうがより包括的にアップグレードやダウングレード、解約などの全てが考慮され、顧客基盤の健全性を把握することができます。
たとえば、NRRが低い場合、顧客満足度の低下やプロダクトの価値不足を示唆している可能性があります。顧客セグメントごとにNRRを分析することでどの顧客層でエクスパンションが滞っているのかを特定し、特定の機能の改善やオンボーディングプロセスの見直し、カスタマーサポートの強化など、ターゲットを絞った施策を立案できます。
アップセル率・クロスセル率は、既存顧客にアップセルやクロスセルを提案した時に実際に成約に至った割合を示します。この指標を追うことで提案の質やタイミング、顧客のニーズ把握の精度などを評価でき、有効な施策を特定し、今後のエクスパンション戦略に活かすことができます。
エクスパンションは顧客単価を上げるだけでなく、顧客がサービスを継続利用してくれることに意義があります。顧客維持率は特定の期間に顧客がサービスを利用し続けている割合を示し、高い維持率は顧客がプロダクトの価値に満足しており、アップセルやクロスセルの機会も多いことを示します。
一方で、チャーンレートは解約した顧客の割合を示します。チャーンレートの有効性については専門家の間で「指標として低すぎると意味をなさない」等の議論もあり、自社の状況に合わせた設定が求められます。同様に、ヘルススコアも有効な指標ですが、定義が曖昧になりがちな点や、必ずしも顧客の成功実感と直結しないケースがある点も専門家の間で指摘されています。エクスパンションに効果的なKPIはビジネスモデルや営業目標によっても異なります。単一の指標に頼るのではなく、複数の指標を組み合わせ、自社の状況に合わせた適切な指標を選定していきましょう。
なお、カスタマーサクセスのKPIについて知りたい方は「カスタマーサクセスで重視される12のKPIと設定の手順を解説」を是非参考にしてみてください。
顧客理解を深めるフレームワークを活用する
顧客理解を深めるフレームワークは、エクスパンションを成功に導く上で不可欠な要素です。顧客が抱える課題や潜在的なニーズを深く理解し、顧客に新たな価値を提供することがプロダクトの利用範囲を拡大させ、自社の事業成長の最大化に繋がるためです。
具体的には「カスタマージャーニーマップ」や「アウトカムマップ」といったフレームワークを状況に合わせて活用することで、顧客の現在の状況だけでなく将来的な目標やその達成に向けた道筋を正確に把握することができるようになります。
特徴 | カスタマージャーニーマップ | アウトカムマップ |
---|---|---|
目的 | 顧客の現在の体験と課題を可視化する | 顧客の最終的な目標と中間目標を明確化する |
対象範囲 | プロダクト認知からエンゲージメントまでの全タッチポイント | 顧客がプロダクトを通じて達成したい成果全般 |
焦点 | 顧客の行動、感情、思考、課題、ニーズ | 顧客の求める成果(アウトカム)、中間目標(マイルストーン)、価値 |
用途 | 顧客体験の改善点の特定、ボトルネックの発見 | 顧客の真の成功の定義、戦略的なアプローチの構築 |
観点 | 顧客がどこでつまずいているか、何を求めているか | 顧客が何を実現したいか、どのようなメリットを得たいか |
カスタマージャーニーマップは顧客がプロダクトを認知してから利用し、さらに深くエンゲージしていくまでの全てのタッチポイントと各段階における顧客の感情、課題、ニーズを視覚化します。これにより、顧客がどこでつまずきやすいのか、どのような情報やサポートを求めているのかを具体的に把握できます。
一方、アウトカムマップは顧客が最終的に求めている成果(アウトカム)やその成果に到達するまでの中間目標(マイルストーン)を明確にします。顧客がプロダクトによって何を実現し、どのようなメリットを得たいのかといったより高次の目標に焦点を当てて顧客の真の成功を定義し、その達成に向けた戦略的なアプローチを構築します。
カスタマージャーニーマップとアウトカムマップは組み合わせることでより効果を発揮します。まず、カスタマージャーニーマップによって現在の顧客体験における課題や改善点を特定し、顧客がプロダクトを通じてどのようなフェーズを辿り、どこで満足度が低下しているのか、あるいはどのような場面で新たなニーズが生まれているのかを把握します。
次に、特定された課題を解決した先に顧客がどのような成果を期待しているのかをアウトカムマップで深掘りし、最終的な成果に至るまでの具体的なステップやその達成に必要なプロダクトの機能やサービスをマッピングします。これにより、顧客の長期的な目標に合致した提案を行うことが可能になります。
たとえば、ある顧客の状況を分析するケースで考えてみましょう。まず、カスタマージャーニーマップを用いると、顧客が「プロダクト導入後のデータ連携設定」に課題を感じていることが判明しました。次にアウトカムマップで分析すると、その顧客の最終目標は「データ連携の自動化による分析時間の短縮」や「経営レポート作成業務の効率化」であることが特定できます。この場合、単にデータ連携をサポートするだけでは不十分です。顧客はアウトカム達成に直結する、より高度な価値を求めている可能性があります。具体的には、自動連携機能を持つ上位プランやレポート作成を支援するプロフェッショナルサービスなどが考えられます。
顧客理解を深めるフレームワークは継続的に見直し、顧客との対話を通じて更新していくことで顧客の成長に寄り添った長期的なパートナーシップを構築できます。顧客理解の深化に基づく能動的なアプローチによってエクスパンションの機会を創出していきましょう。
なお、カスタマージャーニーマップについては「カスタマージャーニーとは?マップの作り方や注意点を解説」で詳しく説明していますので、是非参考にしてみてください。
担当者に必須の「合意形成力」を高める
エクスパンションの施策を実行する上では、担当者に必須となる「合意形成力(グリップする力)」を高めることが重要です。合意形成力とは、顧客と目標や結果についての共通理解を深めながら最終的な合意へと導くスキルを指します。
エクスパンションは既存顧客との取引拡大を目指すため、一度の合意で終わるのではなく、施策の進捗や結果に応じて認識をすり合わせていくプロセスが必要です。顧客との定期的な合意形成によって認識の齟齬を無くし、合意形成を基にした取引を確実に進めていくことで解約防止や取引拡大に繋がります。
スキル | 詳細 | スキルを高める方法 |
---|---|---|
傾聴力と質問力 | 顧客のニーズや懸念を正確に理解し、潜在的なニーズを引き出す | ・顧客の話を中断せず相づちを打ちながら最後まで聞く ・5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)を意識し、具体的な情報を引き出すための事前質問を設計する ・オープンクエスチョン/クローズドクエスチョンを使い分ける(例:どのような点でお困りですか?/〇〇は必要ですか?) |
論理的思考力と説明力 | 提案や戦略を論理的に説明し、顧客の疑問や反論に冷静に対応する | ・ロジックツリーを活用して課題や提案内容をMECE(相互に重複せず、全体を網羅する)に分解し、構造的に整理する ・PREP法に基づいて結論から話し始めることで相手の理解を促進する |
交渉力と柔軟性 | 双方の意見をすり合わせて妥協点を見つけ、予期せぬ課題に建設的に対応する | ・交渉前にBATNA(Best Alternative To Negotiated Agreement)を検討し、合意に至らなかった場合の最良の代替案を準備する ・常にWin-Winの視点を意識し、自社の利益だけでなく顧客の利益を優先して提案する ・ケーススタディとして様々な交渉シナリオを想定し、対応策をシミュレーションする |
合意形成力に必要なスキルは顧客の状況や取引の流れによって異なります。特に合意形成が難航している状況では、単に提案を押し付けるだけでは合意に至りません。まずは顧客が抱える真のニーズや懸念を明らかにし、説得力を持ってアプローチする必要があります。
たとえば、顧客が漠然と業務効率を改善したいと希望する場合「どのような業務でどういった点が非効率だと感じますか?」 といったオープンクエスチョンを投げかけて具体的な状況を深掘りします。そして「その非効率な点は、いつ、誰が、どのように関わっていますか?」 と5W1Hを意識した質問を重ねて顧客の潜在的な課題を引き出していきます。
特に複数の関係者の意見が絡み合う場面では合意形成が複雑になりやすいため、ロジックツリーで各意見を体系的に分析し、MECEに分解することが有効です。煩雑な意見を可視化することで感情的な対立が起こりにくくなり、具体的な論点に基づいた議論を促進することができます。
また、予期せぬ問題が発生し、当初の計画通りに進まないような状況では、BATNA(Best Alternative To Negotiated Agreement) を事前に検討して代替案を複数用意しておくことで顧客に幅広い選択肢を提示でき、合意形成の余地を広げることができます。
合意形成においては単に意見を一致させるだけでなく、相互の信頼関係を基盤として成立することを常に意識する必要があります。小さな約束でも遵守して誠実な姿勢を示し、要望に対しては迅速且つ丁寧な対応を心がけ、顧客が求めていそうな情報をタイムリーに提供するなどして情報共有の透明性と信頼性を保つことが重要です。
エクスパンションの施策例
エクスパンションの施策には、顧客単価の向上を目的とした様々なアプローチがあります。ここでは、アプローチ方法を提案の方向性とサポートレベルで分類し、それぞれの施策例を紹介します。
分類 | アプローチ方法 | 目的・役割 | 施策例 |
---|---|---|---|
アップセル | 既存プロダクトによる縦方向の提案 | より高機能なプランへのアップグレードを促し、既存プロダクトの付加価値向上を提案する | フリープランから有料プラン/基本プランからプレミアムプランへの移行、ストレージ容量の追加、利用ユーザー数の増加、プロフェッショナル機能の解除など |
クロスセル | 関連プロダクトによる横方向の提案 | 既存顧客のニーズに合わせた別のプロダクトを提案し、顧客が抱える課題を包括的に解決するソリューションを提供する | SaaSの顧客に連携可能な分析ツールやマーケティングオートメーションツールを紹介、周辺機器、消耗品、関連コンサルティングサービスの提供など |
ハイタッチ | 個別最適化された手厚いサポート | 大口顧客や重要顧客(VIP顧客)に対してカスタマーサクセスマネージャー(CSM)を配置し、きめ細やかなサポートを提供する | 定期的なミーティング、個別相談、オンボーディングの個別支援、活用状況のヒアリングと改善提案、新機能の個別説明会など |
ロータッチ | セグメント化された効率的なサポート | 顧客の規模や利用状況、業種などに応じてセグメント分けし、効率的に情報提供や問題解決を支援する | メールマガジン、ウェビナー、オンラインコミュニティ、FAQページの拡充、特定のテーマに関するブログ記事配信など |
テックタッチ | テクノロジーを活用した自動化されたサポート | 顧客がセルフサービスで問題を解決できるような環境を整備する | チャットボット、AIを活用した自動応答システム、ヘルプセンターの設置、チュートリアル動画、利用状況の自動分析レポート、プッシュ通知による利用促進など |
コミュニティタッチ | 顧客同士の交流促進とエンゲージメント向上 | 顧客同士が情報交換したり、助け合ったりできる場を提供することでブランドやプロダクトへの愛着を深め、継続利用を促進する | オンラインフォーラム、ユーザーグループ、オフラインのユーザーイベントや交流会、アイデア投稿・フィードバックプラットフォームの提供など |
アップセルの施策は縦方向に顧客単価を拡大することを目的とすることから課題解決やパフォーマンスの向上に更なる意欲を持っている顧客に有効です。一方、クロスセルの施策は横方向に顧客単価を拡大していくことから既存プロダクトを利用する中で関連する別のニーズが発生している顧客やより包括的なソリューションを求めている顧客に有効です。
エクスパンションの施策をサポートレベルで見ると、プロダクト単価が高い顧客や複雑な課題を抱えている顧客、企業の売上に貢献している重要顧客(VIP顧客)にはハイタッチの施策が効果的です。オンボーディング期間や複雑な問題の発生時、契約更新の検討時期といった顧客ロイヤルティの向上が求められる重要な局面で専任の担当者を付け、定期ミーティングや個別相談を通じて顧客のビジネス目標達成を支援する施策を提案します。
一方、ロータッチの施策はプロダクト単価が中程度である程度の共通課題を持つ顧客に適しています。個別の対応よりも少ないリソースで多くの顧客にパーソナライズされた情報やサポートを提供することを目的としてメールマガジンでの情報提供やセグメント別のウェビナー開催、よくある質問(FAQ)の拡充といった効率的なサポートを提供します。
また、テックタッチの施策ではテクノロジーを活用して自動化されたサポートを幅広く提供することが可能です。プロダクト単価が比較的低く、多くの顧客が共通の課題を抱えている場合に特に有効であり、顧客が自身のペースで問題を解決できる環境を提供することでサポートコストを抑えつつ広範囲の顧客に対応できます。
そして、コミュニティタッチの施策では顧客同士の交流を促進し、エンゲージメントの向上が図れます。顧客が抱える課題を共有し、互いに解決策を見つける場を提供することでプロダクトへの愛着を深め、継続利用を促します。
なお、カスタマーサクセスのサポートレベル(タッチモデル)は「カスタマーサクセスのタッチモデルとは?4つの分類とアプローチ方法を解説」で説明していますので、是非参考にしてみてください。
まとめ
カスタマーサクセスのエクスパンションとは、既存顧客からの収益を拡大させるための営業活動のことです。既存顧客からの売上増に留まらず、ロイヤルティ向上による紹介(リファラル)での新規顧客獲得にも繋がるため、事業成長のエンジンとして有用です。
エクスパンションの実践においては、基本的な戦略を理解し、顧客のビジネス成長に不可欠なステップを確実に循環させる必要があります。結果として自社の収益拡大に繋がるという意識のもと、エクスパンションの手法(アップセル・クロスセル・ダウンセル)を活用していくことが重要です。
エクスパンションを成功に繋げるためのポイントは、以下の通りです。
- 各フェーズでエクスパンションを意識する
- 独自のKPIを設定してエクスパンションの機会や施策の効果を測定する
- 顧客理解を深めるフレームワークを活用する
- 担当者に必須の合意形成力を高める
エクスパンションの施策例も参考にしながら顧客の状況やニーズに応じた最適なソリューションを提供し、LTVの向上と顧客ロイヤルティの強化によって持続的な事業成長を目指しましょう。

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